休みの日になると家でじっとできないMamiyです(^^)/

Mamiy

還暦を過ぎたMamiy夫婦は2匹のわんこと一緒にキャンピングカーで各地を旅行しています。

旅の楽しさと日本の素晴らしさを少しでも多くの方と共感したいと思い、このサイトを運営しています。

旅行以外の日々のできごとの記事もいろいろあります。
ごゆっくりご覧ください(^_-)-☆

私達の心の底に、刻み込まれた大災害の記憶・・。

忘れることはありませんが、日々の暮らしの中からは、少しづつ遠ざかってしまっているのではないでしょうか。

今回は、東日本大震災の被災者へ思いをつなぐ活動を続けておられる「還り雛箱根勝手に応縁隊」について紹介したいと思います。

先日、久しぶりに会った友人から、話を聞いてこの活動を知ったんです。

今もこういう活動を続けておられる人たちが居ると知って、感動しました!

還り雛



Mamiy

被災地は今どうなっているんだろうと、心は痛めていましたが、最近では何の貢献もできていないのが現状・・( ;∀;)

このお話を聞いて、私もささやかながらも、お手伝いができたらと思い、ブログで発信することにしました。

記事の後半では、応援ソングの紹介もしています!

このブログを見てこの活動を知って下さったあなたにも、何かの形で応援してもらえたら、とっても嬉しいです。

それでは、一緒に見ていきましょう(^^)/


東日本大震災を忘れない!

2011(平成23年)3月11日、東日本大震災という未曽有の災害が発生。

地震の後に襲ってきた大津波にたくさんの人々が飲み込まれました。

テレビなどで被害のあまりの大きさを知り、日本中が驚きと悲しみに包まれました。


そして、そんな絶望に満ちた状況の中でも助け合い、秩序を崩さない人々の姿に、世界中の人々が感動したことは多くの人々の記憶に残っています。

支援の輪も広がりましたが、震災から何年も経過し、少しづつ、そんな思いも遠くの出来事のようになってきていたように思います。


ですが、このことを知っていますか?

2019年の現時点、
未だに2530人以上の人々が行方不明なのです。

そして、まだまだ心の傷が癒えていない人たちがたくさん、おられます・・。



そんな方々への思いをつなぐ活動を今も続けておられるのが「還り雛 箱根勝手に応縁隊」です。


『還り雛 箱根勝手に応縁隊』ができた経緯

還り雛箱根勝手に応援隊

撮影:還り雛勝手に応援隊



還り雛 箱根勝手に応縁隊」は、箱根の旅館で働く茂村ひとみさんが、始められた活動です。

茂村さんは、震災後、石巻に贈るために「還り雛」を手作りされていました。

還り雛について

嫁いだ娘が還暦(60歳)になり、実家に里帰りして新しくお雛さまを飾って祝ったことから、「還り雛(かえりびな)」と言われてきました。

還暦を迎えた女性に「かえり雛」を贈ると、生まれ変わって新たなスタートができるという言い伝えもあります。



ある日、旅館の宿泊客の方が、「還り雛」を作っている茂村さんに「まだ帰ってこない人がたくさんいるんだよなぁ」と話されました。



還り雛」を「帰り雛」と勘違いされたのでは・・、ということですが、そこから「還り雛 箱根勝手に応縁隊」ができる種が撒かれたのだそうです。



まだ行方不明の人々への思いを「還り雛」に重ねて、「おかえりなさい」の願いとずっと忘れない思いを多くの人々に伝え続けたいと活動が始まりました。



当初は、みなし仮設でコミュニティの恩恵もなく、離ればなれの場所に住む方達に集まってもらって、「還り雛」作りを教えることからのスタートでした。

願いをこめて、一生懸命ものづくりをすることで、絶望の淵から少しでも何かの役にたてるという生きがいを見つけられる場所になったのですね!


みなし仮設とは、災害などにより、居住できる住家を失い、自らの資金では住宅を新たに得ることのできない被災者に対し、地方公共団体が民間賃貸住宅を借り上げて被災者に供与し、仮設住宅に準じるものとみなす制度のこと。



そして、
応援隊の「援」の文字は、いろんな人との縁を感じることから、「縁」の文字を使用しています


Mamiy

「縁」については、私も感じる部分があります。人との出会い、人との「縁」が、人生の重要な転換点になってきたと実感しています。

『還り雛箱根勝手に応縁隊』の活動は?

茂村さんのいろんな思いがこめられている数々の言葉が印象的です!

ひとみさん

帰って来ない人達のことを絶対に忘れないために、このお雛様を作り続ける

ひとみさん

あの震災が無かった3月3日のあの日のここに帰っておいで

壊滅的な被害で住んでいた町ごと無くなってしまった地域もあります。

ひとみさん

一年に一回、どこに帰ったらいいかわからない人のためにも、お雛さんのあるここの場所に帰ってきたらいいんだよ

亡くなった人だけでなく、立ち上がってきた人への思いも込められています。

ひとみさん

悲しいけど、それでも生きていくよ

残された人々は、どんなに悲しくても泣いてばかりもいられないのです。


追悼式や交流会の開催

活動拠点は、星槎箱根仙石原キャンパスの地域交流室。

応縁隊のメンバーと地域の方々が定期的に集まり、交流・お雛さま作り・布短冊作りなどを行っています。


皆で力を合わせて作った「還り雛」や「つるし雛」や「布短冊」などをいろんな場所で展示して、思いを伝える活動を行っています。

「仙台で追悼式」・「箱根 宮城のさくら館で還り雛を展示」 他


「トモダチ作戦」のお礼がしたい!

2014年のことです。

仙台市で活動するメンバーから、アメリカの「トモダチ作戦」に対して、お礼がしたい!との声があがりました。

そして、アメリカ大使館に赴き、「桃」をかたどった「つるし雛」を贈りました。

2か月後に、キャロライン・ケネディ氏から心のこもった手紙が届いたのです。

この出来事から、自分たちが取り組んでいることへの活力にもなり、自信を持てるようにもなったんだそうです。


アメリカのボストンにも遠征!

2018年、アメリカのボストンで開催された日本祭りで「還り雛」を展示、活動をしてきました。


行方不明者の10分の1にあたる260体の還り雛を飾りました。

来て下さった方々は、還り雛を「美しい」と手にとって、着物地や帯地に感動されていたとのことです。

還り雛勝手に応援隊

撮影:還り雛勝手に応援隊



行方不明の方の話を聞いて、涙を流す方がおられたり、ドネイションボックスに寄付金も入れて下さいました。

この集まった寄付金で、被災地に桜の苗木を植える計画もすすめられています。


今後の活動について

七夕の時期には、箱根の各地区に、七夕飾りを展示します。

8/1~8/7 箱根桜館・箱根地域5か所・箱根強羅駅(登山列車)

どうぞ足をお運びください(^^)/


応援ソング「還り雛」について(#^.^#)

歌手の岸田敏志さんが、還り雛の活動を知り、出会ったことから、歌が生まれました。

歌詞は、芳村さんが書かれた詩が元になったものです。

歌:岸田敏志(きしださとし)さん

主なヒット曲は「君の朝」
”モ~ニンモーニング”という歌詞が印象的でした(#^.^#)



8月3日 ひょうたん祭り(箱根宮ノ下)で、岸田敏志さんが歌われます。

ぜひ、たくさんの人に聞いてもらいたいと思います。


布短冊に思いをこめてギネスへ挑戦

布短冊ギネスへ7兆戦

願いを書いた紙を古い着物から作った布袋に入れ、一本のひもにつるす「布短冊」に仕上げます。

短冊作りは、仙台市宮城野区、気仙沼市、石巻市、福島県南相馬市、熊本市、倉敷市真備町、札幌市など

被災にあわれた方々をはじめ、滋賀県守山市、箱根町、ご賛同いただいた多くの皆様と共に3000~4000個を目標に作り、ギネス記録への申請に挑戦します。



勝手に応援隊の布短冊

Mamiy

メッセージは何でも自分の思いを書けばいいとのこと。
私も布短冊に入れるメッセージを書いて託しました!
私は「この素晴らしい日本が、これからも輝き続けていられますように!
皆が平和で幸せに暮らせますように!」と書きました(^^)/

まとめ

決して忘れることのできない東日本大震災。。

まだ帰ってきていない愛する人への思いを「還り雛」に重ねて、活動をしている「還り雛 箱根勝手に応縁隊」について、紹介しました。

もう一度、簡単におさらいしておきますね。

  • 還り雛箱根勝手に応縁隊ができた経緯について
  • 還り雛の由来について
  • 還り雛箱根勝手に応縁隊の活動について
  • 応援ソング「還り雛」について
  • 布短冊にこめてギネスに挑戦することについて

年数が経過しても、思いをつなげて行きたいとの思いに、少しでも寄り添いたいと心を熱くしました。

「還り雛 箱根勝手に応縁隊」のブログはこちらです(^^)/



追伸:
ここまで読んで下さりありがとうございます。
「還り雛箱根勝手に応援隊」は、事務所のようなものもなく、口コミだけの活動です。
寄付等の窓口など、特に設置していません。
どこかで見かけていただけました節には、よろしくお願いいます。



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